診療室から Vol.55 痔

日本人の半数以上が悩む国民病・痔の正しい知識

痔核は血流が滞りうっ血状態のもの
治療は血流改善と抑炎症の投薬が主

 「痔(じ)」は恥ずかしい、できれば放っておきたいと思う人が多い病気ですが、実は国民病といえるほどで、日本人の半数以上が悩まされています。そこで今回は痔の誤解を解き、正しい知識を得てもらおうと思います。  
 痔は大きく分けて「痔核・いぼ痔」「裂肛・切れ痔」と「痔ろう」の3種類あります。それぞれに症状、治療法が異なりますが、まずはお尻の仕組みから説明します。  
 初期の胎児の肛門には穴が開いておらず、子宮内の成長過程で口のほうから下がってきた腸と、お尻からくぼんでできた皮膚がつながり肛門ができます。このつながりの境界線を歯状線といいます。  
 肛門内部と出口付近には静(じょう)脈叢(みゃくそう)という毛細血管が集まった部分があり、痔核はその静脈叢に血液が貯まり塊状になったものです。歯状線より内側にできる内痔核、外側にできる外痔核に分かれます。  
 症状は、出血、痛み、脱出などです。出血は真っ赤な血が特徴で排便時に一番見られます。出血の程度は吹き出すような強いタイプ、ポタポタ落ちる中程度、紙につく軽い程度などです。痛みは裂肛に比べると比較的軽く、ただ、悪化すると肛門から脱出します。すると皮膚が裂けて傷ができると痛みます。  
 痔核はどのような要因で悪化するのでしょうか。日本の昔のトイレは和式でした。あのようにしゃがんで、いきむ姿勢は痔によくありません。このように生活習慣が大きく関係します。  
 食事、トイレなどの時間が不規則ですと、便通がスムーズでなくなり、ついついいきみ、痔の悪化を招きます。また、毎日の入浴やシャワーを怠り、不潔にしていると悪化しやすく、長時間の乗り物も臀(でん)部(ぶ)のうっ血をきたして悪化します。痔は遺伝的になりやすい体質の人もいますが、そういう人は若い時から痔になり進行も早いので、手術に至ることが多いようです。  
 痔核は特に極力手術せずに治そうという病気です。血流が滞りうっ血状態になっているので、血流改善、炎症を抑える目的の投薬が中心です。飲み薬よりも坐薬がよく使用されます。  
 出血を伴ったり、急性期にはステロイドを含むもの、急性期が過ぎて落ち着けばステロイドの含まないものを使用します。坐薬で疼痛(とうつう)、出血などが治まらないときは内服薬を加えます。  
 症状が進むと注射や手術をします。注射も腕ではなく、痔そのものに、進行を遅らせたり、出血を止めたりする目的でします。最近は注射療法のうち、ジオンというものを注射し、簡単に処置を終えるケースが多いようです。これはできる場合とできない場合があります。  
 他に、痔の根元を縛って痔に壊死を起こさせる結さつ療法や、PPH法といって、直接痔核には触らず、たるんだ余分な粘膜を切断して痔核を肛門の奥に引き上げる方法などがあります。

裂肛は便秘症で便が硬い女性に多く
痛みと出血が強いのが裂肛の特徴
 
 次は裂肛についてです。切れ痔とよばれるものです。  
 肛門の上皮は薄くて元々裂けやすく、便が硬いと傷ができやすいのですが、普通はすぐに治ってしまいます。しかし、便秘症で硬い便が続いたり、肛門が元々狭い、あるいは痔核が肛門から脱出して皮膚に無理がかかっている場合は、切れた上皮が治りにくくなり、痛み、出血を伴う状況が裂肛です。これは、どちらかというと女性に多いようです。  
 症状は、痔の中でも痛みと出血が強いのが裂肛の特徴です。排便に伴い肛門の傷が深くなると便による刺激も加わって、ズキズキとくる痛みを生じます。進行すると、排便時の痛みが嫌で排便を我慢するため、さらに便が硬くなり悪化させます。  
 出血は傷の深さ、程度によって排便時に紙につく程度から、ポタポタと落ちる、シューと勢いよく出るなど様々です。便秘症の人は、硬い便でさらに悪化しがちですので、極力便秘は避けなければなりません。  
 裂肛の治療は、まず坐薬で傷口を保護しながら皮膚を柔らかくする作用を期待し、出血、便秘気味にはそれぞれの目的の内服薬を処方します。裂肛が慢性化すると肛門が狭くなったり、また、痔核や痔ろうを合併するケースもあり、その場合は手術が必要になります。

男性に多い痔ろうは放置することで
癌化する場合もあり、術後も要注意  

 痔ろうは、肛門の奥の歯状線付近の陰かという凹(くぼ)んでいる箇所に膿(うみ)が貯まるのが最初で、その膿の通り道が肛門括約筋を貫き、肛門周囲に出口を作り膿が染み出る、肛門に膿のトンネルができている状況です。抗生物質で一時的に炎症を抑えても、容易に再発するので手術が必要です。放置しておくと癌(がん)化(か)する場合もあります。また男性に多い痔です。  
 膿が出ると案外楽になりますが、出口がふさがりうまく出ないことが結構あります。このときは痛みを感じ、時に発熱もみられます。また出た膿が下着につくこともあります。  
 括約筋をどの程度侵しているかによって治療も若干異なりますが、瘻管(ろうかん)(括約筋を貫くトンネル)を開放します。その際、極力括約筋を損傷しない方法を工夫する点は共通しています。  
 括約筋を切開して瘻管を開放するのが根治術で、この際、括約筋を損傷しすぎて肛門変形や、締りが悪くなるなどの後遺症が懸念される場合は、瘻管の入り口を閉鎖する括約筋温存術という方法(根治術よりはやや再発率が高い)を行ないます。  
 またシートン法といい、瘻管に糸のようなものを通し長い期間かけて徐々に締め、じわじわと括約筋を切断するという、比較的侵襲が少なく括約筋が温存される方法など、ケースに応じ最良の方法が選択されます。痔ろうは、手術の傷口が痔核や裂肛に比べて大きい場合が多く、浸出液なども多いので術後の注意がより大切です。  
 痔にならない、あるいは痔を悪化させない、さらには痔の術後の再発の予防は、肛門、お尻を清潔に保つこと。要は毎日の入浴と、排便後はウォシュレットできれいにする。食事は繊維質の多い野菜を積極的に摂(と)る、肛門を刺激する香辛料(こしょう、からし、わさび、カレー粉など)は控える、局所を刺激するアルコールは控えるなどです。  
 そのほかに、適度な水分摂取、血行をよくするために、座りっぱなしや逆に立ちっぱなしはできるだけ避け、適度に体を動かすように努めることです。  
 便秘は最もよくありませんが、下痢も不潔になり痔ろうの原因になります。便秘、下痢になりがちな人は、腸を整える内服薬を服用するのもいいでしょう。排便に時間をかけすぎるのもよくなく、5分から10分程度に終えましょう。もちろん和式より洋式トイレが望まれますし、ウォシュレットが最良です。  
 冒頭に記したように、痔は国民病ともいわれるほど多くの人が罹(り)患(かん)しています。当たり前の予防法、日常生活の注意点をよく守り、それでも遺伝的に痔になりやすい人など、痔(痛みや出血がある人)の可能性があると思ったら、恥ずかしがらずに肛門科を受診しましょう。早期の痔核、裂肛は保存的に治療します。痔ろうで手術が必要になった折にも、現在は肛門括約筋をできるだけ温存する方向ですので、安心して受けて下さい。


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