診療室から Vol.49 加齢黄斑変性

「加齢黄斑変性」とは? どのような治療法が?

加齢で誰にでも起こる可能性のある
加齢黄斑変性。近年、日本でも増加

 日本では、視覚障害の人に身体障害者手帳が交付されていますが、その原因疾患の第4位が「加齢黄斑変性症(かれいおうはんへんせいしょう)」です。ちなみに第1位・緑内障、第2位・糖尿病網膜症、第3位・網膜色素変性、第4位・黄斑変性症、第5位・高度近視の順です。そして、160万人の人が視力に障害があるとされています。今回は、最近話題の加齢黄斑変性についてです。  
 この加齢黄斑変性は、加齢が原因の眼の病気で、英語の頭文字からAMD ( Age-related Macular Degeneration )と呼ばれています。加齢とは言え、早い人では40代でも発症することがあります。欧米では成人の失明原因の第1位で珍しくなく、中心視力の低下の原因で、「社会的失明」として以前から知られていました。  
 最近、製薬会社の広告で加齢黄斑変性を紹介しているのを見ますが、一般的にはまだよく知られていません。しかし、25年以上前から恩師の関西医科大学名誉教授の故宇山昌延先生は、厚生労働省と分類・診断・治療に力を注いでおられました。  
 では、加齢黄斑変性とはどのような病気なのでしょうか。年をとれば誰にでも起こる可能性のある眼の病気で、社会的失明原因となる病気の一つで近年増加しています。  
 社会的失明は、眼の中心に視力障害をきたすものの、光を全く感じられなくなるのではなく、見ようと思う所が見えない病気のことを指します。  
 フィルムである網膜の神経細胞は、たくさんの神経細胞が10層にも重なって働いています。 その網膜の中で一番重要なのが網膜の中央にある黄斑部で、私達はそこで物を見ます。黄斑部は、形、大きさ、色などの多くの情報を処理しています。  
 ところが、年を経るとその黄斑の働きに異常が起き、物が歪(ゆが)んで見える、明るさや鮮明度が低下するなどの症状を来たし、やがて視力が落ちてしまう人がいます。  
 その原因の一つに、網膜の神経細胞をサポートする網膜色素上皮細胞の病気があります。このサポート細胞の機能を維持できれば、神経細胞の悪化・劣化を防ぐことができます。また、この細胞の機能低下が原因であれば、回復させることで神経細胞を元気にさせ、視力を維持できると考えられています。

加齢黄斑変性になりやすい人とは?
原因の一つは喫煙による酸化ストレス
 
 加齢黄斑変性は大きく分けると滲出型(しんしゅつがた)と萎縮型(いしゅくがた)の二つがあります。日本人に多いタイプは前者の滲出型です。  
 滲出型は、出脈絡膜から発生する良くない血管(脈絡膜新生血管)が原因ですが、新生血管のないのもあり、血管の有無で区別します。新生血管が原因の溶出型は約1%の人に発症し、ウェットタイプと言われています。新生血管のない萎縮型は0・1%の発症で、ドライタイプと呼ばれています。  
 最近では、網膜の断面を写すことができる特殊なOCT(optical coherence tomography)という光干渉断層計で、患者さんに造影剤などの負担をかけずに検査できます。  
 OCT画像は、光を照射して得られたエコー情報を再構成して断層像を表示するもので、生体眼で非接触・非侵襲的に検査ができます。画像は擬似カラーかグレースケールで表示され、最近眼科に導入されました。光学顕微鏡の組織切片に似た画像が得られて、飛躍的にその診断が確実になりました。  
 加齢黄斑変性は、年をとれば誰にでも起こる可能性のある眼の病気ですが、なりやすい人がいます。危険度を高めるのは喫煙、肥満、日光を浴びることなどが報告されています。特に有名なのは喫煙で、喫煙による酸化ストレスが綱脈絡膜の炎症を引き起こすと言われています。  
 ですから、発症予防や、または発症してしまった人が進行を遅らせるためには、禁煙が非常に重要です。  
 では、脈絡膜新生血管とはどのようなものなのでしょうか。網膜に栄養を送っている一番底の脈絡膜から、網膜神経のフィルムを支える網膜色素上皮と呼ばれる膜を破って神経網膜の中に伸びてくる血管です。  
 新しく伸びた血管はカサブタの血管のように破れやすく、出血したり、血液中の成分が漏れ出たりしますので、それが網膜の神経層や色素上皮などの組織内に溜まり、網膜を押し上げて傷めます。この血管ができると神経網膜に障害が起こり、視力が低下します。また、滲出型は進行しやすいと言われています。  
 これに対し萎縮型は0.1%の人に生じます。網膜の細胞に加齢で傷んだ老廃物が溜まり、栄養不足のために色素上皮が萎縮していきます。進行はゆっくりです。

網膜色素上皮が損傷される萎縮型に
期待されるiPS柵胞による再生医療
 
 現在、治療法があるのも滲出型です。  
 特殊なレーザーによって新鋭血管を焼き治療する方法、手術で悪い血管を取り除く方法などです。また、抗がん剤の一種の薬剤を眼内に注射して、新生血管を萎縮させる方法が取り入れられ、良い成績を残しています。  
 しかし、網膜色素上皮が傷んでしまう萎縮型は有効な治療法がありませんでした。網膜色素上皮は一生涯を通じて基本的に入れ替わらなく、加齢や大きな損傷の場合、修復することができません。そのため、治療には細胞移植が必要と考えられています。その治療法として、今話題のiPS細胞を使用した再生医療が期待されています。 iPS細胞は本人由来ですので、拒絶反応がありません。神戸にある理化学研究所の高橋改代先生らのグループが、iPS細胞から網膜色素上皮細胞への分化誘導に成功し、形態的にも機能的にも成熟した網膜色素上皮細胞シートの作製に成功しました。  
 これを手術的に神経細胞の下の底にある萎縮した網膜色素上皮層に敷くことができれば、網膜の神経細胞が元気になることが予測されます。この治療法は加齢黄斑変性などの多くの色素上皮の病気の治療に役立つと考えられています。  
 しかし、無限に増殖する能力を持ったiPS細胞を分化させ、ある程度で増殖を止め、臨床に耐える単層シート状の大量培養法はまだ確立されたとは言えません。がん化しないか?などの課題はまだ残っています。  
 また、その細胞シートを網膜の下に上下を区別して敷く手術方法も模索中です。効果的な治療法としてはまだ時間がかかるのが実情ですが、iPS細胞の研究の中では一歩進んでおり、近々、臨床研究が始まります。  
 網膜色素上皮移植の臨床応用が実現すれば、その次は中枢神経再生で、視細胞移植も見えて来ることでしょう。


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