
漢方治療の特徴を知り上質な健康生活を
漢方薬は、化学合成薬に比べ身体に
やさしいが、用い方次第で副作用も。
漢方に関する知識は、最近一般的にもずい分知られるようになりましたが、まだ誤解されている部分もあります。よくある誤解を挙げながら、漢方の基礎知識について解説します。
①漢方は自然のものなので、身体にやさしく副作用はない?
漢方薬が現代医薬と違う特徴の一つは、化学合成物ではない天然生薬(しょうやく)を用いていることです。現代ではエキス製剤と呼ばれるものが多く流通していますが、これも生薬を煎(せん)じ顆粒(かりゅう)状にしたものです。
現代医薬品の多くは、自然にあるものの中から有効成分だけを取り出し、合成して薬にしているため効果がはっきりしていますが、どうしても副作用が一定の割合で起きてしまいます。一方、漢方薬は生薬をそのまま使うので、化学合成薬に比べ、身体にやさしいというのはある意味で正しいですが、薬である以上、正しく用いなければ副作用が起きることもあります。
例えば、胃腸が弱く下痢傾向の人が、便秘用の漢方薬を服用すると下痢がひどくなるのは当然です。そのため、各人の身体に合った漢方薬を選ぶ必要があり、漢方に詳しい医師や薬剤師の助言が必要となります。
食物アレルギーと同様に、生薬に対してもアレルギー反応が出る場合もあります。インターフェロンや血液をサラサラにする薬など、併用に注意が必要な薬もあります。合わない食べ物、現在服用している薬がある場合は、サプリメント・健康食品も含めて必ず医師や薬剤師に伝えるようにしましょう。
「時問が……」と思われている漢方。
治療には「本治」と「標治」が。
②漢方薬は長く服用しないと効果がない?
漢方治療には 「本治(ほんち)」 と「標治(ひょうち)」があります。
「本治」とは、病気の原因に対処することで、時間をかけて体質そのものを改善する治療を指します。効果を実感するのは、数週間から数カ月でも可能ですし、早い時は1日で変化を感じることもあります。しかし、冷え症や胃腸虚弱などの体質が変わるためには、1~3年くらい要します。そのため、漢方治療は時間がかかると思われているのでしょう。
一方「標治」とは、病気によって生じる症状を治療することで、今ある症状を取るための治療を指します。こむら返り、花粉症で鼻水が止まらないなどは、薬がピッタリ合えば5~20分くらいで効果が現れます。
風邪なども同様で、一般的な風邪薬より早く治すことも可能です。風邪で漢方薬を服用して治るのが1年後だと笑い話にもなりません。
このように、漢方薬にはすばやく症状を緩和するという即効性と、時間をかけ身体の深部まで改善するという二面性があるのです。
③風邪には葛根湯がよい?
一般的な風邪の治療では、どの症状が強いかによって多少薬の違いがありますが、基本的には総合感冒薬+アルファーとなることがほとんどです。
それに比べ漢方では、症状は何時からか、寒気(さむけ)や発汗の有無、胃腸は丈夫かなど、数種の項目の組み合わせにより薬が変わります。そのため、代表的なものだけでも20種類以上の組み合わせがあり、各人の状態に合った細やかな対応が可能です。
葛根湯(かっこんとう)は胃腸が丈夫な人の風邪の初期で、自然発汗がなく、ゾクゾクした寒気を伴って発熱があり、首筋が凝る場合にはよく効きますが、これらの条件がそろ揃っていない時に服用しても効果はあまり望めません。
時々、漢方薬を服用したが効果がなかったという話を聞きます。多くはその人のその時の状態に合った漢方薬ではなかったと推測します。漢方医の世界でも「風邪を治せたら半人前」と言われるほどで、的確に処方するためには専門的な知識と経験が必要とされるのです。
ちなみに「葛根湯医者」という落語があります。頭が痛い、腹が痛い、眼が痛いなどのどんな患者にも葛根湯を処方して誤魔化す藪(やぶ)医者の話です。その一方で、これは一つの処方で様々な病気を治すことが可能である「異病同治」という漢方の特徴を表す話でもあるのです。
個人の体質に合わせた個別化医療は
漢方医学界では2000年前から。
個々の体質と症状を含めた身体の状況を「証(しょう)」と言い、百人いれば百通りの「証」が存在します。21世紀になってゲノム(遺伝子)医学が擡頭(たいとう)するようになり、個人の体質に合わせたオーダーメイド医療、個別化医療といった夢の治療の可能性が言われるようになりました。
しかしこれは、漢方医学の世界では約2000年前から当たり前に行なわれてきました。科学のなかった時代に経験に基づいて作られた伝統医学と、最先端医学の方向性が一致してきたのはとても興味深いことです。
百人百様の「証」を把握するために、「四診(ししん)」と呼ばれる漢方独特の診察を行ないます。望診、問診、問診、切診の四つからなり、問診では自覚症状を重視します。身体に合う漢方薬を選ぶためには、問診項目を知っておくと便利です。代表的なものを挙げてみます。
胃腸の強弱、汗の出方、冷えの有無(部位も)、喉(のど)の渇き、便通の状態、排尿回数などです。また、痛みなどの症状がある場合は、その症状がどのような時に軽くなり、逆にどのような時に悪化するかは、薬を決める上で大切なポイントになります。
例えば、冷えると悪化し、入浴して温まると軽くなるのであれば、身体を温めて痛みを取る附子(ぶし)を含んだ方剤をしばしば用いるという具合です。
望診(視診)の一つである舌診と、脈とお腹を診る切診(触診)も特徴的です。中国では脈診が発達していて腹診はあまり行ないませんが、日本漢方では腹診を重視します。目や耳など局所の不調であっても舌や脈を診てお腹も診察し、全体を診てから局所の状態と併せて処方を決定することになります。
舌診では舌の色や形、舌苔(ぜったい)の性状などを見ます。例えば、舌に歯形がついていたらエネルギー不足の「気虚」や水分代謝が悪い「水毒」という状態が、白い苔が厚いと消化機能の低下が考えられます。舌の裏側を見るのも特徴で、そこの静脈が膨(ふく)れ上がっていたら、血の巡りの悪い状態の「瘀血(おけつ)」を考えます。
脈診では脈拍数を数えるほか、脈の浮き沈み、幅が大きいか小さいか、押さえた時の抵抗感で「虚」か「実」か、などを診ます。「虚・実」とは、抗病反応、つまり病気に対する反応が弱く、体力が低下している場合を「虚証」、抗病反応、体力が充実している場合を「実証」と言います。また悪い「気」が多い場合も「実」と表現することがあります。
腹診でも「虚・実」や「瘀血」など、漢方医学的な所見を得て、症状や他の診察所見を併せて総合的に状態を診断し、処方の決定につながります。
どんなに良い薬であっても、正しく用いなければ効果は望めません。漢方治療の特徴を知って、上手に活用しましょう。