診療室から Vol.36 緩和医療

「有意義に生きること」を提供できるのが緩和医療

医療用麻薬の使用が、必ずしも
がん末期を意味することではない。

 「緩和医療」という言葉を聞いたことがあると思いますが、今回は、がん性疼痛(とうつう)の基本的な治療方針と医療麻薬を通して緩和医療について記します。  
 一般的に、がんの終末期は痛みが伴う例が多いです。そこで痛みを軽減するために、特にモルヒネをはじめとする医療用麻薬が使用され、平静な死を迎えるべく緩和医療が施されます。  
 近年では、新しい抗がん薬の開発や効果的な治療法により、がんと付き合う時間が長くなってきました。その結果、末期の状態でない場合でも、社会復帰のために医療用麻薬を使用することが多くなりました。  
 また、がん治療をする上で、初期の段階から医療用麻薬を使用することで苦痛が早い時期から取り除かれ、患者自身も積極的に治療に参加するようになりました。ですから、今日において医療用麻薬は、積極的に使われるようになってきています。  
 つまり、医療用麻薬の使用は、必ずしもがんの終末期を意味することではないのです。ところが日本の医療用麻薬の使用量は、いわゆる先進国の中でも著しく低く、アメリカの20分の1程度となっています。原因は、日本は、「麻薬」という言葉の響きに、習慣性、精神異常というマイナスのイメージを持つ人が多いためと考えられます。  
 しかし現実、医療用麻薬を上手に使用することでがん治療に積極的に取り組み、痛みが軽減されることによって、日常生活が過ごしやすくなります。そして、生活の質(QOL=quality of life)が良くなります。

痛みの抑制には三つの目標を持ち
一つずつクリアしていくことが大切。  

 WHOでは、痛みの強さに応じて使う鎮痛薬の種類を「疼痛緩和の3段階ラダー」として区分し、また「使用の5原則」を設けています。  
 軽度の痛みでは、アスピリンの仲間の非オピオイド鎮痛薬を用い、必要に応じて抗うつ薬、てんかん、不整脈の薬などの鎮痛補助薬を併用します。  
 中等度の痛みには、弱オピオイド(咳止めなど軽い麻薬のコデイン類)、非オピオイド鎮痛薬、必要に応じて鎮痛補助薬を、中等度から高等度の痛みには、強い麻薬のモルヒネ類の強オピオイド、非オピオイド鎮痛薬、必要に応じて鎮痛補助薬と痛みの程度が増すにつれて、強い痛み止めを加えて治療します。  
 2段階目にコデインが含まれているのは、宗教上の理由でモルヒネを使えない場合を配慮したためでもあり、日本においては、2段階を飛び越えて3段階目にいくことがあります。  
 使用の5原則、がん性痺痛における基本原則は、①経口投与。②服用時間を決める。③痛みの強さに応じた鎮痛薬を選ぶ。④患者ごとに適した投与量。⑤細かい配慮の5つになります。  
 がん性疼痛を原因別に見ると、①がんが直接の原因となった痛み。②抗がん治療に起因した痛み。③がんの進行に伴って発生した痛み。④がんとは無関係の痛みに分類されます。  
 また起因する場所からは、①体性痛=皮膚、筋肉、骨に起因する痛み。②内臓痛=体内の臓器に起因する痛み。③神経障害性疼痛=神経繊維の圧迫・障害に起因する痛みに分けられます。  
 がん性痺痛を主観的に評価する方法として、痛みの強さを無症状の0から、これ以上耐えられない10までの11段階とし、痛みを正しく評価し、伝えることが、疼痛を緩和するうえで重要になってきます。  
 しかし、医療用麻薬の使用で完全に痛みは消えません。がんの痛みの抑制には、次のような目標「夜眠れること」「安静時の痛みの軽減」「体動時の痛みの軽減」を持ち、一つ一つクリアしていくことが大切です。

「痛みに耐える」を美徳とする高齢者。
適切な痛みの表現で、適切な施薬が。
 
 医療用麻薬には、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、レミフエンタニル、ケタミンなどがあります。これらの薬品は、がん治療での痛み軽減だけではなく、慢性疼痛や手術時の麻酔においても使われています。  
 がん性疼痛軽減に主に使用される医療用麻薬は、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルで、これらは薬の種類の分類ではオピオイドと呼ばれます。モルヒネには内服薬、坐薬(ざやく)、注射薬が、オキシコドンには内服薬が、フェンタニルには貼付薬(てんぷやく)、注射薬があります。  
 オピオイド系の副作用には、便秘、嘔気嘔吐(おうきおうと)、眠気、せん妄、呼吸抑制、排尿障害などがあります。モルヒネは痛みを抑えるだけではなく、腸管の働きの抑制もあり、95%の人が便秘をするために、モルヒネ使用開始と同時に緩下薬を投与します。  
 フェンタニルは腸管運動を抑える作用がないため、便秘の副作用は少ないです。眠気は、使用を開始の初期段階から見られますが3~4日で改善します。また、呼吸抑制は大量摂取時に、排尿障害は服用を続けることで次第に改善して行きます。  
 混乱・せん妄は、モルヒネの単独投与では認められることが少ないですが、末期の状態では起こりやすくなっています。せん妄は、その原因を正しく診察し、原因の対策を迅速にすることが大切です。 
 痛みが強くなると、量を多くしていきます。その結果、残念ですが副作用が強く出たり、量を増やしても効果が弱くなることがあります。そのような時は、オピオイドローテーション(麻薬の種類を交換)をします。  
 モルヒネをオキシコドンに、あるいは、フェンタニルにといったように種類を変えます。痛みを抑える効果が十分であっても、便秘の副作用が強い場合は、便秘の副作用が少ないフェンタニルに変えることもあります。  
 また、全ての痛みをオピオイドで抑えられるわけではありません。オピオイドが効かない痛みには、神経因性痺痛、頭蓋内圧亢進(ずがいないあつこうしん)による頭痛、緊張性頭痛、筋肉のけいれんによる痛み、交感神経由来の痛み、帯状疱疹(たいじょうほうしん)後神経痛があり、その痛みの種類で様々な鎮痛補助薬を使います。  
 鎮痛補助薬には、抗うつ薬、てんかんの薬、不整脈の薬、あるいは医療用麻薬であるケタミンをオピオイドと併用することで痛みを軽減していきます。  
 例えば、電気が走るような痛み、刺すような痛み、鋭い痛みに対しては、抗てんかん薬が。しびれによる痛み、焼けつくような痛み、締め付けられるような痛みには、抗うつ薬を使って痛みの軽減をはかります。  
 日本人の中でも特に高齢者の多くは、痛みをこらえることを美徳と考える傾向があります。しかし、テレビのCMでタレントも言っていますが、痛みを我慢することは、決して良いことではありません。どのくらい痛いのか、どんな痛みなのかを、適切に表現することで、薬を適切に使用することができます。  
 緩和医療とは、患者個人の意思や価値観を尊重した上で、様々な苦痛を緩和することによって、人として自分らしく生きること、一人の人間として有意義に生きることを提供する医療のことです。痛みから少しでも解放され、少しでも質の良い生活を営んでほしいと思います。


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