禁煙・受動喫煙教育新論

禁煙受動喫煙教育新論

21世紀家庭・学校・地域社会からのアプローチ

著者:松尾 正幸
医学監修者:向井 常博


  ISBN:978-4-915340-95-6
発売日:2019/1/30
 定価:4,000円+税

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45年間の活動から誕生 『禁煙・受動喫煙教育新論』 の決定版!!



【書評】山内 敏男(兵庫教育大学)

『禁煙・受動喫煙教育新論』
-21世紀家庭・学校・地域社会からのアプローチ-

松尾正幸著


 本書は、これまで著者が45年という長い歳月をかけて取り組まれた禁煙・受動喫煙教育の集大成とも言うべき書である。
 本書では、タバコの害が自他、社会に与える影響(害悪)いついて一貫して主張されている。そして、禁煙・受動喫煙防止運動から教育、非喫煙者保護に、個人や社会がどのようにかかわり、何を主張していくべきかまでが詳細に示されている。したがって、本書は禁煙、嫌煙運動の歴史を述べるにとどまらない。タバコに関してその害を丹念に捉え、人々を不幸に追いやる対象として様々な観点から極めて丁寧に問題提起と解説がなされている。例えば、戦争や公害と比して劣らない社会問題として位置づけ(第4,22章)、その解決策を提示している点に典型的である。社会科教育の射程にとどまらない筆者の深い問題意識、医学者や禁煙・嫌煙(受動喫煙)運動家と連携した取り組みが主張され、その構成は次のとおりとなっている。





 本書の特色として次の3点を挙げておきたい。第一の特色は、禁煙・受動喫煙教育の内容、方法、原理が示されているという点である。具体的には第2章にある、健康破壊、タバコ病、タバコ死の観点から、タバコ喫煙を認識すべきである(第1節)、非喫煙者を守るために、副流煙による受動喫煙の被害に注目すべきである(第2節)、全ての人間を禁煙・受動喫煙教育の対象としなければならない(第3節)、家庭・学校・地域社会の場で、禁煙・受動喫煙教育は、体系的に実施しなければらならい(第4節)の4点が時間軸とともに、医学をはじめとする諸科学の内容のいずれかが組み合わされ、教えるべき内容と方法が規定されている。例えば、副流煙による受動喫煙の被害を扱わなければタバコの害(健康破壊、タバコ病、タバコ死)の実情を把握できたとは言えず、教育(著者は教育を人が人に影響を与える作用と定義している)として不十分であること。すなわち従来の禁煙教育への批判が埋め込まれている。
 第二の特色として、医学的知見に基づいて禁煙、受動喫煙教育の正当性を導き出しているという点である。これは筆者が述べているように、医学監修者向井常博氏による全面的な支援が大きい。医学的な知見を可視化し(例えば、p.96の表「死亡数、喫煙に起因する超過死亡数」を見れば喫煙リスクが容易に読み取れる)害を具体的に示すことで、いかに禁煙、受動喫煙教育が必要なのか、理論的な背景を伴って読者に訴えかけている。
 医学的知見に基づく主張は大別して2点からなる。その一つが疾患の要因としてのタバコの害であり、第3章において端的に示されている。肺がんの要因のみならず、例えば、心臓血管疾患、呼吸器疾患との関係も豊富なデータが提示されていることにより、タバコがいかに害あるものなのかについて説得力をもたせた主張を展開している。二つ目が、喫煙にまつわる人々の多様なかかわりと医学とを関連づけたタバコの害である。各種疾病の罹患率のデータに基づき、第8章から11章にかけては各世代におけるリスクが主張され、家族における禁煙・受動喫煙教育の必要性を、第12章から17章にかけては園児、児童、生徒、学生がさらされているタバコの害が子どもの喫煙実態と関連づけて主張されている。
 第三の特色は、第一、第二の特色において見られた理論的な背景、医学的知見をふまえ、これまでの教育が分析され、課題及び成果が示されている点である。中学校における禁煙・受動喫煙教育(14章)を例に取ろう。はじめに、現行の中学校学習指導要領をふまえた上で、禁煙・嫌煙(受動喫煙)教育に該当する箇所(社会科でいえば地理的分野でタバコ栽培、歴史的分野では南蛮貿易においてタバコが伝播したこと、18世紀には商品作物の一つとして全国的な栽培が行われていたこと、公民的分野において歳入に占める専売納付金の推移が示されていたこと)を取り上げている。このほか、保健体育科、技術・家庭科においてタバコ問題がどう扱われてきたかを取り上げている。そればかりではなく諸外国との中学生の喫煙率比較、職員室における喫煙の問題等々、幅広い視点から問題が提起され、教育活動全体を通した禁煙・受動喫煙教育への提言を行っている。このように、各学校園においてどのような禁煙・受動喫煙教育が行われ、問題点は何か、問題点の克服方法は何かについて具体的な提案がなされているのである。
 以上の特色に見られるように、筆者は教育の内容、方法を示すにとどめられるようと意図していない。したがって授業構成論、指導案等、即授業化えきる実践例が明示されているわけではない。禁煙・受動喫煙教育、ひいては人の命を守るという大原則に基づいて「教育と運動を一体的に把握し、考察が加えられている」(p.2向井氏の言葉)書であるといえよう。
 2003年、健康増進法の施行により、受動喫煙防止にかかわる努力義務が規定され、禁煙・受動喫煙教育は進展したという(p.67)。しかし、筆者が懸念するのは、禁煙・受動喫煙教育の停滞、停止であり、それを引き起こさないために何が必要かを本書で問いかけている。その問いを引き受けるならば、本書から得られた知見をもとに、実戦化することが求められる。そこで、最後に本書を社会系教科教育における授業構想、授業実践の観点から得られる示唆を確認したい。初等教育においては、禁煙、受動喫煙が害になるという明確なコンセプトのもと、例えば室内空気汚染問題として取り上げ(p.110図③(受動喫煙により)心臓がうける影響の利用が有効)。いかによりよい社会にしていけるかを構想する授業が期待できよう。中等教育では、江戸幕府の禁煙令、明治政府の禁煙令、民間の禁煙運動史を取り上げることで(pp.125-131)、産業政策、税制、社会運動の歴史が現代の諸政策、諸活動と対比的に学べるであろうし、タバコ公害を取り上げ(pp.470-480)、よりよい社会の実現のためにどのような施策、運動が求められるのかを構想させることができるだろう。いずれにしても、タバコの害を取り上げた授業構想をする際、重宝する一冊である。

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